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巨大な築堤も!京都「旧陸軍宇治火薬製造所鉄道引込線跡」

2024-02-14

JR奈良線を南下し、宇治市に入ると、車窓に人工的な土手のようなものが見えてきます。実はこれ、宇治に存在した旧陸軍宇治火薬製造所につながる鉄道引込線の遺構なのです。宇治といえば、『源氏物語』ゆかりの観光地という雅なイメージを抱く方も多いでしょうが、近代の宇治は畿内有数の軍事地帯だったのです。今回はそんな宇治の象徴というべき「旧陸軍宇治火薬製造所木幡分工場鉄道引込線跡」をめぐってみましょう。

JR木幡駅からのびる引込線跡

写真:乾口 達司

大阪城の東側一帯に東洋一とたたえられた大阪砲兵工廠が建設されたように、近代に入ると、近畿地方では各地に旧帝国陸軍関連の施設が建設されました。1896年(明治29)4月、宇治の地に開所した宇治火薬製造所もそのような軍事施設の一つ。今回、ご紹介する「旧陸軍宇治火薬製造所木幡分工場鉄道引込線跡」は、1905年(明治38)8月、木幡分工場が新たに設けられたことにちなみ、資材や製品を搬入・搬出するために敷設されたものです。
引込線は、終戦後、廃線となりましたが、現在もその遺構を各所で見ることができます。その起点となるのが、現在のJR木幡駅。引込線はここから木幡分工場までのびていました。
<JR木幡駅の基本情報>
住所:京都府宇治市木幡大瀬戸
アクセス:JR木幡駅下車

「木幡緑道」として残る引込線跡

写真:乾口 達司

木幡駅を出た引込線は、しばらく奈良線と並行して、北へとのびていました。そのあたりの路線は、1983年(昭和58)に「木幡緑道」として整備され、遊歩道に生まれ変わっています。

写真:乾口 達司

遊歩道に生まれ変わっているとはいえ、木幡緑道がかつての引込線の上に敷設されたものであることを示すものが見られます。たとえば、こちらの屋根付きベンチ。簡易の停留所(駅舎)を連想しませんか?
木幡分工場鉄道引込線は人を運搬する路線ではなかったため、実際には途中駅はありませんでしたが、引込線の存在を後世に伝えるため、停留場を意識したデザインとなっているのです。
実際にベンチに座ると、当時、稼働していた引込線の雄姿が目に浮かんできますよ。

写真:乾口 達司

したがって、駅で見かける駅名標もどきの看板も実在したものではありませんが、こちらも引込線の存在したことを伝えるために設置されたものです。
心憎い演出ですね。
<木幡緑道の基本情報>
住所:京都府宇治市木幡東中2-7
アクセス:JR木幡駅よりすぐ

西へとのびる巨大な築堤

写真:乾口 達司

木幡緑道をしばらく北へと歩くと、やがて、目の前に巨大な土手のようなものが現れます。これは引込線を支えていた築堤の跡です。これがJR奈良線の車窓からは見えていたのです。
特徴的なのは、地上との高低差。左右に居並ぶ住宅の2階あるいはそれ以上の高さがあることにお気付きになるでしょう。
<築堤(東側起点)の基本情報>
住所:京都府宇治市木幡正中
アクセス:JR木幡駅より徒歩約5分

写真:乾口 達司

巨大な築堤はカーブし、西へと進みます。そして、京阪宇治線と交差してしばらくすると、アスファルトの舗装道路に変わります。引込線の痕跡はここで終わり。かつての木幡分工場はこのあたりから西側および南側一帯に広がっていました。

現在も残る橋台

写真:乾口 達司

しかし、遺構は何も築堤だけではありません。
築堤と道路とが交差していた地点には、かつて橋桁が掛けられており、現在も橋桁を支えていた橋台を目にすることができます。こちらも見上げるほどの大きさです。

写真:乾口 達司

橋桁自体が残されている箇所もあります。ただし、危険なので、歩行者が実際に渡ることはできません。ご注意ください。
<橋台の基本情報>
住所:京都府宇治市木幡正中
アクセス:JR木幡駅より徒歩約8分

写真:乾口 達司

写真は京阪宇治線と交差する箇所の橋台。引込線は京阪宇治線をまたぐように立体交差をしていたのです。
<橋台(京阪宇治線交差ポイント)の基本情報>
住所:京都府宇治市木幡北島
アクセス:JR木幡駅より徒歩約10分

各所で見られる境界標

写真:乾口 達司

引込線の周辺では、引込線が陸軍関係の鉄道であったことを示す境界標を目にすることができます。
写真では見づらいかと思いますが、境界標には「陸軍用地」と刻まれています。

写真:乾口 達司

引込線のすぐ西に鎮座する「許波多神社(こはたじんじゃ)」の境内にも、ご覧のような境界標が残されています。

写真:乾口 達司

ちなみに、拝殿につるされている吊り燈籠には「木幡在郷軍人会」と刻まれており、燈籠が地元の木幡在郷軍人会によって奉納されたものであることがうかがえます。
こちらも、引込線跡と同様、貴重な戦争遺産ですね。
<許波多神社の基本情報>
住所:京都府宇治市木幡東中1
アクセス:JR木幡駅より徒歩約5分

旧陸軍宇治火薬製造所木幡分工場鉄道引込線跡をめぐろう!

旧陸軍宇治火薬製造所木幡分工場鉄道引込線跡がどのようなもので、現在、どれほどの遺構が見られるのか、おわかりいただけたでしょうか。
戦後80年近い歳月が流れているとはいえ、いまなお、当時の痕跡を各所にとどめる引込線をめぐり、『源氏物語』や藤原氏ゆかりの観光地・宇治が近代には軍事地帯であったという意外な歴史に触れてみてください。
2024年2月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

■関連MEMO
木幡緑道―宇治市公式ホームページ(外部リンク)
https://www.city.uji.kyoto.jp/soshiki/36/3051.html
旧陸軍宇治火薬製造所木幡分工場引込線―京阪宇治線 おけいはん(外部リンク)
https://ujisen.mi-ktt.ne.jp/kankou_spot/yakka/

【トラベルjp・ナビゲーター】
乾口 達司

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提供元:トラベルjp 旅行ガイド

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