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松尾大社「松風苑」重森三玲が作庭した京都を代表する壮大な庭園

2024-05-09

京都市西京区にある松尾大社は酒の神社として知られ、国内外から多くの参拝客が訪れています。さらに松尾大社には昭和を代表する作庭家の重森三玲(しげもりみれい)が設計した庭園があります。「上古の庭」「曲水の庭」「蓬莱の庭」という3つの庭で構成された庭園は見ごたえ十分なので、ぜひ実際に足を運んで確かめてください。

由緒正しい神社

写真:島塚 渓

松尾大社の起源は、松尾山の巨岩に神が宿るされる磐座(いわくら)信仰だと考えられています。5世紀に渡来人の一族である秦氏(はたうじ)がこの土地に定住し、大宝元年(701)に社殿が造営されました。その後、松尾大社は秦氏の氏神として信仰され、農耕地の開拓や桂川の治水事業など京都の発展に大きな影響を与えてきました。

写真:島塚 渓

松尾大社は中世以降酒の神としても信仰を集め、境内には酒造会社から奉納された大量の菰樽が飾られています。秦氏は酒造技術にも優れ、社殿背後にある「亀の井」の湧き水を酒に混ぜると腐らないと伝えられています。現在でも醸造家がこの霊水を持ち帰るという風習が残されており、境内で販売されている酒業繁栄のお守りも人気があります。

重森三玲が作庭した庭園

写真:島塚 渓

松尾大社の境内には「松風苑(しょうふうえん)」と呼ばれる壮大な庭園があります。松風苑は昭和を代表する作庭家の重森三玲(しげもりみれい)が1億円の総工費と1年の工期を経て1975年に完成させた庭園で、「上古の庭」「曲水の庭」「蓬莱の庭」という趣の異なる3つの庭で構成されています。
「永遠のモダン」とも称される重森三玲の庭園は、実測調査で培った膨大な経験と現代美術を彷彿とさせる斬新なデザイン性を特徴としており、京都を中心に多くの傑作が残されています。

写真:島塚 渓

松風苑の石組には「阿波の青石」とも呼ばれる徳島県産の緑泥片岩(りょくでいへんがん)を200個以上も使用しています。緑泥片岩は暗緑色で縞模様の美しい外観と加工しやすいという特徴から庭石として古くから用いられてきました。重森三玲も緑泥片岩を好み、自身が手掛けた庭園には頻繁に緑泥片岩を使用しています。

松風苑を構成する3つの庭園

写真:島塚 渓

松風苑を構成する3つの庭園のうち、上古の庭は松尾大社に社殿が建造される前の磐座信仰に基づき造園されています。中央に寄り添うように配置さえた立石が、御祭神の大山咋神(おおやまぐいのかみ)と市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の男女二神を表わしています。周囲にある多数の石は二神を取り巻く神々、そして一面に植えられた笹は人が立ち入ることが難しい高山の雰囲気を演出しています。

写真:島塚 渓

曲水の庭は、平安時代の貴族が開催していた「曲水の宴」を題材にした庭園です。曲水の宴は旧暦3月3日の上巳(じょうし)に行われていた年中行事で、上流から流される杯が通り過ぎるまでに詩歌を詠み、杯の酒を飲んで次へ流すという雅な催しです。曲水のなかに配置された小さな石は流れてくる杯を表現し、高木を植えず降り注ぐ光を重視した開放的な庭園になっています。

写真:島塚 渓

最後の蓬莱の庭は、不老不死を願う「蓬莱神仙思想(ほうらいしんせんしそう)」に基づき作庭されています。池全体が長寿の象徴とされる鶴の形をしており、池に浮かぶ立石は仙人が住む山々を表現しています。また、鎌倉時代に発展した回遊庭園の様式を取り入れ、仙界に遊ぶ気分に浸れるように池の周囲を散策できるようになっています。

松風苑の基本情報

住所:京都市西京区嵐山宮町3
拝観料:500円(庭園・神像館共通 境内は無料)
拝観時間:9:00〜16:00(日祝は16:30 境内は5:00〜18:00)
アクセス:阪急電車嵐山線「松尾大社」駅下車、徒歩約3分
2024年5月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

■関連MEMO
松尾大社公式サイト(外部リンク)
https://www.matsunoo.or.jp/
京都観光オフィシャルサイト「京都観光Navi」松尾大社ページ(外部リンク)
https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=7&tourism_id=466

【トラベルjp・ナビゲーター】
島塚 渓

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提供元:トラベルjp 旅行ガイド

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