2024-09-18
長野県の善光寺といえば、日本にはじめて伝来した仏像を本尊とするお寺として知られています。しかし、その本尊が現在の大阪の地から移されたこと、ご存知ですか?
大阪市西区には、その故事にちなんだお寺があります。「和光寺」です。境内には善光寺の本尊が引き上げられたという「阿弥陀池」が現存しており、古代の息吹を感じさせてくれます。今回は仏教伝来ゆかりの地である大阪市の和光寺をご紹介しましょう。
「和光寺(わこうじ)」は、大阪市西区にある寺院。その創建は江戸時代中期の1698年(元禄11)にさかのぼります。ご本尊はいわゆる「善光寺式阿弥陀三尊」ですが、なぜご本尊が善光寺式阿弥陀三尊であるかというと、和光寺が後に信濃国(現在の長野県)の善光寺の本尊となる阿弥陀如来像の出現した霊地であることに由来します。
日本書紀によると、善光寺式阿弥陀三尊が百済より伝えられたのは、552年のこと。しかし、仏教の興隆を快く思わない物部氏はそれを「難波の堀江」に遺棄。本田善光がそれを拾い上げ、信濃国に安置したことから、善光の建立した寺院は「善光寺」と呼ばれることとなりました。その阿弥陀三尊が遺棄され、その後、引き上げられた「難波の堀江」こそ和光寺の境内にある「阿弥陀池」であるとされています。
いわば、和光寺は我が国における仏教伝来と深いかかわりを持つお寺なのです。
境内には、先ほどご紹介したように、善光寺式阿弥陀三尊が拾いあげられた「阿弥陀池」が現在も存在します。
阿弥陀池は、現在、大阪市指定史跡となっており、「阿弥陀池」と刻まれた大きな石碑も建立されています。
池の中央にあるのは「放光閣」と呼ばれている仏堂。そのことからも阿弥陀池が単なる池ではなく、霊験あらたかな霊地であることがうかがえますねね。
ところで、落語に詳しい方なら、「阿弥陀池」「和光寺」と聞いて、ピンと来るのではないでしょうか。そう、ここは上方落語の名作『阿弥陀池』の舞台となったところでもあるのです。『阿弥陀池』では、和光寺に押し入った強盗が住職である尼僧に銃を突きつけますが、現在でも和光寺では尼さんがご住職をつとめておられます。
池の周囲には、信仰の証として、たくさんの一石五輪塔が並べられています。
一石五輪塔の外側には、さまざまな石碑が建立されています。
たとえば、こちらは伏屋素狄顕彰碑。江戸時代、河内国で生まれ、後年、生理学上の動物実験を繰り返しおこない、日本の医学の向上に多大な功績のあった「伏屋素狄(ふせやそてき)」の業績を顕彰した石碑で、1967年(昭和42)、日本医師学会・日本生理学会によって建立されたものです。
ほかにも、「「化(あだ)なりと花に五戒の桜かな」と刻まれた江戸時代の俳人・宝井其角の句碑などもあります。
阿弥陀池の周辺には、ご覧のような地蔵尊や不動明王像なども点在しています。
写真は、和光寺の西側を南北に走っている幹線道路。その名も「あみだ池筋」。もちろん、その名は阿弥陀池に由来しています。
和光寺の東には「阿弥陀池公園」と呼ばれる公園もあります。街中にある公園としては比較的広く、敷地内には複数の遊具のほか、藤棚もあります。都会のオアシスといったよそおいで、多くの老若男女で賑わっています。
和光寺がいかに由緒のあるお寺であるか、おわかりいただけたでしょうか。日中は境内の散策も自由であるため、和光寺に参拝し、仏教伝来の時代に思いを馳せてみてください。
住所:大阪府大阪市西区北堀江3-7-27
拝観料:なし(境内自由)
拝観時間:日中
アクセス:大阪メトロ千日前線「西長堀駅」より徒歩約5分
2024年9月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。
■関連MEMO
和光寺―大阪市ホームページ(外部リンク)
https://www.city.osaka.lg.jp/kensetsu/page/0000009549.html
【トラベルjp・ナビゲーター】
乾口 達司
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