2024-10-09
圓徳院(えんとくいん)は京都市の東山区にある寺院で、豊臣秀吉の妻である北政所(きたのまんどころ)が晩年を過ごした場所として知られています。国の名勝に指定されている庭園や豪華な建築物をはじめ、紅葉に彩られた境内の美しさはここでしか得ることのできない貴重な体験になります。ぜひ実際に足を運んでみてください。
圓徳院は、慶長10年(1605年)に豊臣秀吉の正室である北政所(きたのまんどころ)のために整備された御殿が起源となってます。
秀吉の菩提を弔うために建立された高台寺の隣に、秀吉との思い出が詰まった伏見城の御殿を移築して住んでいました。この屋敷が圓徳院の前身で、晩年の19年をこの土地で過ごした北政所は、毎日秀吉の菩提寺の高台寺に通っていたとされています。
その後、寛永9年(1632年)に北政所の甥の木下利房(きのしたとしふさ)によって、住んでいた屋敷は高台寺の塔頭として改められました。木下家の菩提寺の圓徳院として整備され、北政所の在住の際に客殿として利用された建物も方丈(本堂)に変更されています。方丈には本尊の釈迦如来立像が祀られ、色鮮やかな襖絵などの障壁画によって装飾されています。
四季を通して美しい圓徳院で最も人気が高い季節は、紅葉を鑑賞できる秋です。例年、11月中旬から12月上旬にかけて見頃を迎え、境内のイロハモミジやヤマモミジが美しく色付きます。
また、10月下旬から12月中旬にかけてはライトアップも行われ、艶やかな雰囲気の中、紅葉を堪能することもできます。
圓徳院を象徴する光景が、北書院から眺める庭園の紅葉です。北書院は北政所の屋敷として移築された化粧御殿の焼失後に造られた建物です。庭園に面する窓は全て解放されており、柱や欄間によって景色が切り取られたようになっているので、まるで一枚の大きな絵画を見ているような感覚になります。
縁側には緋毛氈が敷かれ、額縁に見立てた光景をゆっくりと鑑賞できるようになっています。
圓徳院では異なる時代に作庭された2つの庭園を見比べることもできます。拝観入口から進んで最初に辿り着く庭園が、平成になって整備された南庭です。森蘊(もりおさむ)が指導し、徳村宗悦(とくむらそうえつ)によって作られた比較的新しい庭園で、穏やかな雰囲気の枯山水の庭となっています。
手前に砂紋を描いた白砂の敷地を広くとり、奥に行くにしたがって大きめの石、背の高い植栽となるように配置されています。これによって限りある庭園に奥行きを持たせる工夫が凝らされています。
一方の北庭は、伏見城御殿の前庭として作られた池泉回遊式庭園を圓徳院に移築したものです。もともと石組の名手と呼ばれた賢庭(けんてい)が作庭し、敷地面積を縮小して圓徳院に移築する際に、大名茶人の小堀遠州が枯山水の庭に作り替えたと言われています。
北庭には大きく迫力のある巨石が約200個並べられ、限りある空間ながらも窮屈な印象なく配置されています。また、不老不死を象徴する鶴島と亀島の2つの中島を結ぶ石橋も、重厚な自然石とモダンな切石を使い分けるなど細部にまで意識が行き届いた日本を代表する名園となっています。
住所:京都市東山区高台寺下河原町530
料金:大人500円、中高生200円、小学生以下無料
拝観時間:10:00〜17:00受付終了(閉門は17:30)秋のライトアップ期間は21:30受付終了(閉門は22:00)
アクセス:市バス「東山安井」下車徒歩約4分
2024年10月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。
■関連MEMO
圓徳院公式ホームページ(外部リンク)
https://www.kodaiji.com/entoku-in/#:~:text=2023/12/20
京都観光オフィシャルサイト「京都観光Navi」圓徳院ページ(外部リンク)
https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=7&tourism_id=241#:~:text=%E5%9C%93%E5%BE%B3%E9%99%A2.%20%E9%AB%98%E5%8F%B0%E5%AF%BA%E3%81%AE%E5%A1%94
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島塚 渓
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