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まわりと比較して「行き詰まるママ」と「子どもの自己肯定感」の関係性【ママのイライラは当たり前 Vol.1】


イラスト:koyome


「コロナ禍で『母親』をやっていれば、イライラするのは当たり前」、そんな風に話すのは、花まる学習会の高濱先生。

ママは感染に気を使い、家で過ごすことが多い毎日のなか、家事や育児に日々頑張っています。でも口にはなかなか出せないけれど、「コロナ禍、そろそろ本当に疲れてきた…」そう思っている人も多いのではないでしょうか。

そこでこんな逆境の時代でもママが笑顔で暮らせるように、背中を押す言葉を花まる学習会の高濱先生にお聞きしました。
高濱 正伸(たかはま まさのぶ)さん

花まる学習会代表・NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長・算数オリンピック委員会理事。1993年、「この国は自立できない大人を量産している」という問題意識から、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「作文」「読書」「思考力」「野外体験」を主軸にすえた学習塾「花まる学習会」を設立。

■イライラするママが悪いわけではない

――コロナ禍でお疲れ気味のママたちに、高濱先生からメッセージをお願いします!

コロナ禍で、夫婦のこと、子どものこと、この2つの問題で悩んでいる人は多いと思います。「潜在的な問題がコロナ禍で表面化した」などと言う人もいますが、あまり深刻に考える必要はないと思うんです。

人間は、距離が近くなりすぎると、相手に対して苛立ちの感情が出てくる「生き物」なんです。どんなに大切に思っていても、一緒にいる時間が長くなれば、疲れが出て、イライラするのは当たり前です。私は、自分の経験からそう考えるようになりました。

――どんな経験なのでしょうか?

私が大学1年生の時のことです。仲が良かった友だち5人で、南アルプス登頂に挑戦しました。私だけ山登りの初心者で、他の4人は山登りの経験値が高かったせいもあり、「ついていけるかなぁ」と心配で、事前に山の専門家に注意点などを質問しに行きました。

専門家の方からは、「体力的な面では、高濱くんはずっと野球をやっていたから大丈夫だよ。でも、必ず喧嘩になるだろうから、そこだけは気をつけて!」と、言われたんです。そう言われても、「南アルプス登頂に挑戦しよう」と思うほど仲が良い仲間だっただけに、「喧嘩なんか絶対にしないのにな…」と不思議でした。

ところが、やっぱり喧嘩になったんです。人間は、長い時間、一緒にいることを強いられると、関係性が絶対におかしくなるものなんです。当時、私は日記をつけていたのですが、「俺のカレーだけ肉が少ない。他の奴には多めに肉をいれているのに、どうしてだ」とか、そのレベルで本気で苛立っているんです。

――コロナ禍、ささいなことでイライラするのは、私だけではないと?

(c) yamasan - stock.adobe.com


そりゃ、そうですよ。母子の愛は崇高ですが、長い時間、一緒にいれば疲れます。そこで、「問題が表面化した」などと深刻になるより、「そういうものだから」と思っておいた方が、気が楽じゃないですか。

――高濱先生に「そういうものだから」と言わると、何だかホッとします

何回でも言いますよ。あなたが悪いんじゃなくて、「コロナ禍で『母親』をやっていれば、イライラするのは当たり前だ」ということです。

そんなの、絶対に当たり前です。そもそも、「お母さんになる」ということだけでも、ものすごいパワーの要ることなんですよ。皆さん、突然「お母さんになる」わけでしょう? いままでとまったく違う状況に、突然、放り出される感じじゃないですか。不安になってあたり前だし、不安な自分を受容するにはパワーが必要なんです。


■「行き詰まってしまうママ」には、特徴がある
――でも、先ほど、高濱先生は「母子の愛は崇高」と、おっしゃっていました

お母さんが子どもを想う愛は、崇高だと思います。それは事実として、あります。一方で、「立派な母であろう!」みたいになると、あっという間に行き詰ってしまいますよね。じつはね、「行き詰まってしまうママ」というのは、特徴があるんです。

――どんな特徴ですか?

(c) takasu - stock.adobe.com


人の評価を気にしたり、人と自分を比較したり…。とにかく自分の意識が、「人の目」の方向にいってしまうと危ないです。もっとも、日本人の大半は、「人の目」の方向に意識がいってしまっているんです。それが、「日本の子どもたちの自己肯定感の低さ」に繋がっていると、私は考えています。

――どうして人の目を気にすると自己肯定感が低くなるんですか?

人生は、「自分で決めたこと」が、一番面白いんです。だから、もっとも大切にするべきは、「自分は、何に関心があるのか?」です。言い換えれば、「どれだけ、自分の心に焦点を当てることができるのか?」が、勝負なんです。

けれども、親は何かと口を出してしまいます。小さい頃から、「これをやれば、いい」とか、「この点数を取れば、合格できるよ」「ここの中学に行ったら、すごい」みたいな感じで、日本の子どもは、「外付けの価値」を与えられて育つことが多いんです。

本当は、その子は、「私は、消しゴムのカスを集めたかったんだ!」と思っているかもしれないですよね。はたから見たら、「ただのゴミじゃん」と、思われるようなものでも、「あなたたちはゴミと思うかもしれないけれども、私にとっては、これが大切なんです」という気持ちを持つことが大切なんです。

「自分が本当に関心を持っているもの」を見失わないでいられれば、人間は大丈夫なんです。「自分が、何にワクワクするか?」を見失わずにいられれば、どんなことがおきたって、大したことではないんです。すべて、楽しいんです。

――消しゴムのカス、ですか? 高濱先生節が炸裂していますね…

(c) milatas - stock.adobe.com


私は、もう、こういう子どものワクワクする価値観の大切さを話したいんです!

たとえば、「友だちの夫はお金持ちなのに、うちの夫は出世しない」といったように、比較ばかりしてしまうからつらくなるんです。子どもたちも同様に「他者と比較して、自分はこうだ」とか、小さい頃から植え付けられて、それを価値基準に置いてしまう。

そうではなくて、「私は(僕は)、これをやりたいんだ!」ということを、繰り返して成長していかれれば、人間は幸せになれるものなんです。

子どもがワクワクしている「消しゴムのカス」に対して「そんなの集めていて、何になるの? そんな意味のないことをしていないで、勉強をしなさい」みたいに、「親が、価値があるものだと思っているもの」を押し付けられるところから、子どもの自己肯定感の低さが生まれると私は考えています。

もちろん、親の方にはまったく悪気がなくて、心の底から子どものためを思って言っているのはわかっていますよ。だからこそ、余計に危ない。親の価値観自体が、「外付けの枠組み」をもとにしてしまっているのです。


アイタタ! 高濱先生の言葉、思い当たりすぎて、胸が痛くなります…。でも、だからって、私はどうすればいいのでしょうか?

次回に続く!


(楢戸ひかる)

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