ウーマンエキサイトをご覧のみなさまピンキーです。
今回は、同居と自立について書きたいと思います。
というのも、現在義両親と同居中の私はよく自立について考えるからです。
そもそも、義両親との同居を提案したのは私でした。
■最初は同居生活を続けられるか不安だった
結婚の話がでたとき、夫は同居など全く考えていなかったのですが、私が同居はできないのかと聞いたことで、義両親に同居できるか確認してくれたのです。

私が同居したいと言ったのは、当時、私が働いていた職場と夫の家が近かったこと、はじめから同居していたら、将来同居について悩まなくて済むと思ったこと、
さらに、私の母親も義両親と同居していたので、私にも同居ができるんじゃないかという、安易な考えがあったからです。
もちろん、同居したばかりのころは全てがうまくはいきませんでしたし、子どもが生まれたあともしばらくは、この同居生活を続けられるか不安でした。


同居して10年が過ぎ、息子も幼稚園へ行くようになり、少しずつ余裕がでて、同居生活も快適に送れるようになりました。
しかし、
私は“自立”についてよく考えるようになりました。同居していることは“甘え”なんだろうか。
同居しているということは“自立していない”ということなんだろうか、と。
ママ友などもできたのですが、同居しているという人は、誰もいません。
義両親に生活費を払っているといっても、かなり甘えている部分があると自覚しています。
息子が生まれたあとも、息子の分の生活費を払っていませんでした。
■人は人、自分は自分と割り切って考えられるようになった

とてもありがたいことに、義父は自分が働いているうちは金銭面の心配をしなくて大丈夫と言ってくれていました。
ただただありがたい話なのですが、私は無性に“自立しなければ…!”という焦りを感じることがあったのです。
ですが、今年に入り、実父が脳出血で倒れたとき…元気だった人が、いつまでも元気とは限らない、と思い知らされました。
そして、思ったのです。

私は義両親に甘えているかもしれないし、いい大人になっても、自立もしていないかもしれない。
私は周りからそう思われることが嫌だったのです。
一緒に住んでいる家族が同居を不満に思っているわけでもなく、自分が同居を不満に思っているわけでもないのに、世間体や他人の目を気にして自立した自分にならなければ、と焦っていたのです。
なんてくだらないことで悩んでいたのだろうと思います。自分の暮らしを、他人にどうこう言われたところで、そんなものは関係なかったのです。
家族が協力し合えること、困ったときに助け合える環境があるというのは、同居の良いところでもあると思います。
人は人、自分は自分。
何かあったときに私のできることをすればいい。
そう思いながら、これからも同居生活を続けたいと思います。
(pinky)