子どもも大人も大好きな、お寿司にサケおにぎりにエビフライ…。周りを海に囲まれた日本は、おいしい魚に恵まれています。
でも、
このままの状態がつづけば、食べられなくなる可能性があるということをご存知ですか?
じつはいま、
海の中ではさまざま問題が起きています。そこで“魚や海のことをもっと知ってもらいたい!”と
「おさかな小学校」(https://www.osakana-sho.jp/)を立ち上げたのが、日本サステナブルシーフード協会の代表で、
「いただきます!からはじめる おさかな学 〜1匹の魚から海の未来を考えよう(リトルモア刊)」の著者でもある、
すーさんこと鈴木允(まこと)さん。
今回はすーさんに、
親子で知っておきたい「魚の世界でいま起きていること」を教えていただきます。
鈴木 允(まこと)プロフィール日本サステナブルシーフード協会代表/「おさかな小学校」校長
1980年、東京都生まれ。京都大学総合人間学部在学中に漁業の問題を知り、漁師見習いの生活を体験。卒業後は、水産卸売会社のセリ人として築地市場で8年間働く。
さらに東京大学大学院農学生命科学研究科で学びながら、国際的な非営利団体MSC(海洋管理協議会)の日本事務所に入り、全国の漁協や行政団体をまわって、MSC認証プログラムとMSC「海のエコラベル」を広める活動に尽力。
2019年6月には「日本漁業認証サポート」を設立。宮城県気仙沼市にも拠点をおき、持続可能な漁業へ転換していくために活動。子どもたちに向けたオンライン授業「おさかな小学校」を開講中。
HP:https://www.osakana-sho.jp/
著書:「いただきます!からはじめる おさかな学 〜1匹の魚から海の未来を考えよう(リトルモア刊)」
・京都大学で文化人類学を学び、漁業の魅力と課題を知る
(アフリカで漁業の研究、三重県の漁村で漁師の見習い)
↓
・築地市場の水産卸売会社に就職、セリ人になる
(海の変化を肌で感じる)
↓
・東京大学大学院の農学生命科学研究科で学びながらMSC(海洋管理協議会)の日本事務所でMSC認証とMSC「海のエコラベル」を広める
↓
・「日本漁業認証サポート」を立ち上げ、水産認証取得などさまざまな漁業の支援に携わる
↓
・日本サステナブルシーフード協会を立ち上げる。オンライン授業「おさかな小学校」をスタート
大人も意外と知らない
「魚を獲る現場」のリアルすーさんはいまの活動をする前に、築地市場の水産卸売会社で8年間働いていました。漁業に興味をもったのは、
京都大学で文化人類学を学んでいたとき。もともと世界の食糧問題に関心があったといいます。
「食糧問題というと農業のことだと思い込んでいたのですが、大学1年のときに
“世界の漁業が危うい”という記事を見て、漁業に興味がわきました。発展途上国の漁業の現場を見ようとアフリカにも行きました。そこで向こうの大学の先生に“日本ではどうやって漁業しているの?”と聞かれて、まったく答えられなかったんです」
たしかに、野菜やくだものなら収穫体験などが身近で想像しやすいですが、魚となると漁港が近くにない限り、生産現場との接点はなかなかありません。
海でどうやって獲って食卓まで並ぶのか、知る機会が少ないのです。そこですーさんは、卒論のためのフィールドワークで1年間、三重県の
漁村で漁師の見習いをします。
「夜中2時に起きて漁に行って、網をあげて。とれたての魚で作る朝ご飯はめちゃくちゃ美味しいし、漁師さんたちの話は面白いし、すごく刺激的な毎日でした。一方、魚をとったあとの選別作業に時間がかかるとか、網の修理が大変だとか、漁業の世界は知らないことばかり。現場には若い人もほとんどいないし、村自体が過疎化しているし。僕らが当たり前のように食べている魚は
なんて脆弱な基盤の上で成り立っているのかと驚きました」
築地市場で働くうちに感じた
魚と海の変化三重県での漁師見習い経験を通じて、漁師さんたちがとった魚がどうやって消費者の口に入っているのか、そのつながりに興味をもったすーさん。卒業後はもっと日本の水産業に関わっていこうと、
築地市場の水産卸売会社に就職します。
「卸売市場には、
“卸売会社”と
“仲卸業者”という2種類の業者があります。卸売会社は全国の漁港から魚を仕入れ、
魚市場で販売する役割、仲卸業者はセリなどを通じて魚市場で魚を仕入れ、
飲食店や鮮魚店に販売する役割を持っています。
ぼくは、
卸売会社のセリ人として、早朝から魚市場で魚を売ったり、電話で産地とやり取りしたりする毎日でした。魚の良しあしを判断する
目利きはもちろん、人との
信頼関係やコミュニケーション能力が問われます」
このように漁師さんが獲った魚は魚市場の卸売会社に届けられたあと、セリや相対取引によって仲卸業者やスーパーのバイヤーに買われ、飲食店や消費者の元に届けられます。
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すーさんは2005年から2013年までの8年間、卸売会社の鮮魚部でセリ人として働きますが、次第に
ある変化を感じるようになります。
「鮮魚部の中でも僕が担当していたのは、サケやアジといったスーパーでよく見かける魚ではなく、それ以外のイサキやスズキ、サワラやカマスといった雑多な魚。
福岡の◯◯水産のイサキ、長崎の△△水産のカマスなど、各産地からいろいろな魚がサイズごとに送られてくるのですが、
年々送られてくる魚が小さくなっているなとか、
数が減っているなとか、
去年まで獲れていた魚が今年はないなというような、
海の変化を肌で感じるようになったんです」
身近な「スーパーの特売」も
魚を小さくし、数を減らしている一因に?!私たち消費者もこの変化に準ずる体験をしています。それが、
魚の高騰。昔は旬の秋には1匹100円ほどで買えたサンマが、3倍にも4倍になっていて驚いたことがある方も多いのではないでしょうか。それに、買えたとしても小ぶりのものが増えています。
(c) Metro Hopper stock.adobe.com
「これは日本の近海でサンマが獲れなくなっていることが原因。もともと北海道など北の海で獲れていたサンマが温暖化の影響でもっと北の方に行ってしまったことに加え、日本も含め各国が競って獲っているため、資源が減っています。
温暖化によって
海の環境が変わり、
魚の分布が変わってきていますが、一方で魚の獲りすぎも大きな問題です。漁師さんたちが競争で魚を獲るので、十分に大きくなる前にたくさん獲られてしまっています。小さいサイズ=魚の赤ちゃん。大きく育つ前に獲ってしまうため、子どもを産むことができる成魚の数が減り、
結果的に全体の魚の量が減るという悪循環になっているのです。
一方、私も市場で働きながら、“○金曜日は100円均一デー”といったスーパーの特売の値段に合わせて、小さいサイズの魚=赤ちゃんを安く仕入れて売っていました。
安さのために小さい魚を売った結果、魚が獲れなくなるという、自分たちの首を自分たちで絞めているような状況に、このままではマズいと。
漁師さんたちも、消費者も、水産資源を守りながら魚を獲って食べることはできないのかな、と考えるようになりました。それに、魚市場のあり方も、外の視点から見てみたくなったんです」
水産資源を守りたい!
MSC認証とMSC「海のエコラベル」を広めるそこで当時32歳だったすーさんは、
東京大学大学院の農学生命科学研究科で学びながら、MSC(海洋管理協議会)という国際的な非営利団体の日本事務所であるMSCジャパンに入ります。
MSC認証とは、
持続可能な漁業に関する認証プログラムのこと。その漁業で獲られた水産物に
MSC「海のエコラベル」が付けられます。スーパーでも青い魚とMSCと書かれたラベルが付いている商品を見たことがある方もいるかもしれません。
左:すーさん 右:MSC認証を取得した高知の151明神丸の漁労長さん
MSCの商品を選んで買うことは、
過剰な漁獲をしないなど水産資源を守りながら持続可能な漁業をおこなっている漁業者を支援することにもつながっていきます。すーさんはこの認証プログラムとMSC「海のエコラベル」を広める活動を進めていきます。
「MSCジャパンに入ってすぐの頃、東京オリンピックの選手村で調達する食材について議論されていました。2016年のリオオリンピックでは、MSC認証の魚を100%調達するという方針が決まっていたので、東京でもそうしようと進めていきました。
世の中的にも徐々にSDGsが叫ばれるようになり、2019年には
マクドナルドのフィレオフィッシュ?にMSC「海のエコラベル」が付くなど、この5〜6年でだいぶ認知されるようになってきました」
全国の漁協に行って、
将来のために水産資源を守りながら漁獲することの大切さについて説いたり、漁師さんに現状について話を聞いたりしながら、地道にMSC認証の取得を漁業者に勧めていったすーさん。
しかし、興味は示してくれても実際にMSC認証取得にはお金がかかったり、基準が厳しくてハードルが高い部分も。そこで2019年にMSCジャパンを退職し、MSCなどの国際認証をサポートする
「日本漁業認証サポート」を立ち上げます。
カツオの一本釣りって実はサステナブル?!
伝統漁業を発信、漁師さんと消費者の架け橋に「ちょうど高知と宮崎のカツオの一本釣り漁業がMSC認証取得を目指していたのですが、実務をやる人がいなくて、それならと独立してサポートすることにしました。じつは
カツオの一本釣りってすごくサステナブルな漁法なんです! 1本1本、お腹の空いているカツオだけを釣り上げるので、
群れを獲り尽くすということもないし、海鳥やウミガメなどを混獲してしまうこともありません。
そういう日本の伝統漁業を伝えていきたいという漁師さんの気持ちも知っていたので、MSC認証を通じてPRにつながればと思っていました」
漁師さんたちをサポートする活動をしながらつぎに立ち上げたのが、「日本サステナブルシーフード協会」。頑張っている漁師さんたちのことをもっと消費者に伝えるために、学びと交流の場を作りたいと考えたそうです。
「ここ数年、漁業法が改正されるなど、漁業の法律やルールについて活発に議論されているんですけど、議論しているのは水産庁の職員さんや漁業の業界団体の方などに限られていて、ふだんお魚を食べている一般消費者にはちっとも届いていないと思っていたんです。
ちょうどコロナ禍に入ったタイミングだったので一気に
オンライン化が進んだことや、学校に行けなくなって自宅で時間を持て余している子どもが増えたことも重なり、まずは子どもから伝えたらお父さんやお母さんも聞いてくれるかもしれない! と、オンライン授業の“
おさかな小学校”をスタートさせました」
「1匹から膨らむ想像力」が世界を広げる!
オンライン授業の「おさかな小学校」おさかな小学校では、毎月、マグロやサケなどの身近な魚をひとつ取り上げ、生き物、漁業、食文化、歴史、環境問題などの話をしています。
実物を用意して観察したりさばいてみたり。ときには漁師さんや研究者などのゲストが来ることも。
おさかな小学校の様子
「魚をさばく様子って、大人が見ると気持ち悪いと感じることもありますが、子どもたちは興味津々で見ています。胃の中から捕食した小魚が出てきたり骨があったり、すごくたくさんの学びがある。
子どもがそうやって魚に興味を持つようになると、親御さんもつられて一緒に勉強して、美味しい魚を見極める
目利きが育つようになり、スーパーに行って
旬の魚を選ぶようになったとか、
これはまだ小さいんじゃないの? と気にするようになったという話も聞きます」
そうやって
私たち消費者がまずは魚に関心を持つことが、未来の水産資源を守る第一歩。海の問題を少しずつ解決することへとつながっていきます。
「僕の5歳の娘ももともとお肉の方が好きだったのですが、アジの塩焼きを
丸ごと出したらおいしい! と食べて、そこからすごく変わったんです。
丸々一匹魚を食卓に出すというのは大事。そこから少しでも魚を好きになれば魚を残さなくなるし、水族館でみたときや海に行ったときも、
違った関心を持つようになります。1匹の魚でさまざまなことが想像できるようになってほしいと願ってやっています。
僕は長いこと漁業に関わってきましたが、乱獲や環境問題以外にも
後継者不足など、長い時間をかけて解決しなければならない問題がたくさんあります。でも逆にいうと、それだけ可能性やチャンスが広がっているということ。
魚が暮らす海は日本だけでなく、世界中の人にとって
たった1つしかない宝物。豊かな海をどうやって残していくか、子どもたちの中からすごいアイデアが生まれるかもしれません」
(c) RURIBYAKU,arucom_ stock.adobe.com
2030年までの達成を目指している
SDGsの目標14は
“海の豊かさを守ろう”。これから先も美しい海を眺めておいしい魚を食べられるように、
私たち一人ひとりが魚の世界に関心を持って想像力を膨らませていくことが大切です。
後編では、楽しみながら学べるように、
クイズ形式で魚や海のために私たちができることなどをご紹介します。
「いただきます!からはじめる おさかな学 〜1匹の魚から海の未来を考えよう」(リトルモア刊)国語、算数、理科、社会… おさかな! 海にかこまれた島国で生きる私たちの必修、SDGsにも食育にも欠かせない「おさかな学」の1日授業を体感できる一冊です。
魚を見るのも食べるのも、100倍楽しくなる! 海の問題がもっと「自分ごと」になる。図鑑や絵本から、さらに一歩ふみこんで、魚と海のことをお子さんと一緒にしっかり学んでみませんか?(漢字にふりがな付き※小学5年生以上向け)
【おさかな学の時間割】
1時間目:マグロがみんなの食卓に来るまで ⇒ 流通
2時間目:漁師さんはどうやって魚をとるの? ⇒ 漁業
3時間目:魚の値段はどうやってつけられる? ⇒ 市場・セリ・直接取引
4時間目:日本の海はなぜゆたか? ⇒ 海流・海洋大循環・食物連鎖
お昼ごはん:魚をさばいて料理して食べよう!
5時間目:ぼくたちは海とともにくらしてきた ⇒ 食文化・技術の進歩
6時間目:未来のおさかなを考えよう ⇒ 環境問題・SDGs
(佐々木彩子)