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「見ているだけ」も大切…? 30年以上前の夫の担任の言葉に救われる【ようちえんにいきたくない Vol.5】

■これまでのあらすじ
幼稚園入園から数日後、長男が登園渋りを始め、しかもその拒否ぶりがどんどんひどくなり、夫婦は頭を悩ませていた。そんな長男の様子を知った義母から「もしかして参考になるかも」と送られてきたのは、夫が幼稚園児の頃の連絡帳。そこには、驚くほどに長男とまったく同じ行動をしていた幼い日の夫の様子と、当時の義母の苦悩が書かれていた。遺伝のすごさを突きつけられた妻は、幼稚園児の夫が秋まで登園拒否をしていた事実を知り、「先が長いな…」と絶望を感じる。しかし、その後に書かれた夫の担任のコメントがとても参考になって…。

■見ているだけに思えるけど…


■「見る」ことは成長の過程

学術的なことに詳しい先生だったのでしょうか。すごく説得力があるコメントでした。

長男が傍観的遊びをしていたかどうかは、はっきりわかりません。しかし、「何もしない」でいても、傍観的遊びをしていたり、新しい環境の中で何かを感じたり…。初めての幼稚園生活の中で、まわりの影響を受けながら少しずつ成長していることは確か。そんなことを気づかせてくれる、約30年前の連絡帳でした。

お義母さん、貴重な連絡帳を見せてくれてありがとう。とっても励まされましたよ!

とはいえ、長男が幼稚園でどんな過ごし方をしているのか、詳しく知っておきたい…。連絡帳のない幼稚園なので、何をしてきたのか、長男が言わなければ何もわかりません。クラスのみんなで歌や手遊びのようなものをやったのかすら謎です。

「先生にこんな聞き方をしたら失礼じゃないかな…」とか、「こんなことを聞いたらモンペと思われるかな…」とか悩みながらおそるおそる、長男の様子を尋ねてみることにしました。

すると、年少の現在の園での1日のルーティンや、何もしていないときには先生から遊びに誘ってくれること、毎日の様子などいろいろ教えてくれました。

「何もしなかった」と口では言うけれど、やっぱり何かしらの活動はしてるんですね。長男的に能動的に動いていないことを「何もしなかった」と表現していたのかもしれません。

さて、園生活の不安は解消されましたが、依然として行きしぶりをする長男…。「ようちえんにいきたくない」はいつ落ち着くのでしょうか?


(きのこの子)

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