子どもの能力は、没入体験が育む? 親が心配するほど無欲な少年を変えた“昆虫の世界”
2023-05-22 07:00 eltha
■何も興味を持てなかった幼少期、虫との出会いから人生激変?
群馬県に生まれ、3人兄弟の長男として育った松浦さん。昆虫と出会う前は、「何に対しても興味を持てない子どもだった」と自らを振り返る。
「家の近所に子どもが少なかったので、同世代の子と遊ぶという経験も特になかったんです。学校が終わると家に帰ってくるだけの生活だったと思います。物欲もなく、『クリスマスプレゼント、何が欲しい?』と聞かれても何も欲しいものがなくて。小2のクリスマスにロボットを買ってもらったけど、見向きもしなかった(苦笑)」(松浦崇裕さん)
ご両親によると「電車は少し好きだった」そうだが、本人は覚えてないという。無気力な子ども時代を過ごした松浦さんだが、小学校3年生の時、昆虫との”ある出会い”によって人生が一変することに。
「当時、両親は『このままではまずい』と感じたのか、僕が何かに興味を持つようにといろいろ働きかけてくれたのだと思います。その一環として、ある時、昆虫の載っているホームページを見せてくれました。昆虫マニアの人が作ったブログだったと思いますが、クワガタがまとめられていたと記憶しています。多分HPのデザインが良かったんですよね。バックの色が黒で、当時としてはデザインはとても凝っていたんじゃないかと思います」
それをきっかけに、まずクワガタなどの甲虫類を好きになり、そこから虫全般に興味を抱くように。昆虫に関する図鑑や本、雑誌『月刊むし』などを読み込んだ。昆虫採集を行い、実家のコンテナ(本などを入れる収納ボックス)で飼育観察を始めるなど、昆虫の生態にも興味を示すようになっていった。
「その時はクワガタやカブトムシをメインに飼っていました。ネット通販でエサ(ゼリーやマットなど)を入手しやすいしため、飼育しやすかったんです。ピーク時は100匹前後いたこともあって、それを見せて驚かれたことも何度かあります。家族旅行に行くと、よく『昆虫採集禁止令』を出されました。沖縄旅行に行った時も、採集したい虫がいたので『北部の方に行きたい』と言ったらダメだと言われて……。今となってはすごいなと感じるのは、母親の対応です。100匹の虫が家にいても、何も言わなかった。虫を触るのも嫌がる方がいるなかで、カブトムシの幼虫を平気で手づかみしてました」
■得意教科は学年1位、苦手教科は最下位…担任の先生からの影響も
両親から「勉強しなさい」と言われることはなく、自主的に勉強をしていた。教科では数学が一番得意で、昆虫好きが高じて生物も得意科目だった。地図も眺めていることが多かったので、日本や世界の地理に関する知識も豊富にあった。逆に国語は苦手で、「得意教科では学年1位や上位5%ぐらい、苦手教科では学年最下位クラスの成績でした」という。苦手教科を克服して満遍なく点数を取るというよりは、苦手教科を他の得意教科でカバーしようというスタンスを貫いた。
「数学はそんなに苦労しなくてもできましたが、逆に国語は努力したけど伸びなかったんです。そこで自分はすべての教科を満遍なくやるのは無理だと悟り、得意教科をどれだけ上げるかに注力しました。僕は昆虫が好きでずっと熱中してきましたが、それと同じように、勉強についても好きな教科をどんどん突き詰めていくタイプなんだと思います」
また高校生活では、3年間担任だった生物の先生からも多大な影響を受けた。「この先生の考え方は、今の自分の考え方のベースにもなっています」。
「いろんな意味で変わった先生で、『偉い人が喋っていても、適当に聞き流せ』や『部活なんてつらいだけならやめていいじゃん』とか生徒の前で言ってしまうような方でした。大人が言ったことを鵜呑みにするんじゃなく、自分の考えを持つようにと促していたのかなと思います。大学、大学院時代、自分は応用生物でなく基礎生物を勉強・研究していたのですが、『物事の根本を理解する方に重きを置く理学的な思考』も、この先生の影響があったと思います」
■仕事もプライベートも昆虫を満喫 「親に否定されなかったのが大きかった」
「自分には生物以外の選択肢はなかった」と進路を選択。高校卒業後は「昆虫に関わる勉強・研究がしたい」と金沢大学理学部生物学科(現在:理工学域生命理工学類)に入学し、昆虫生態学研究室に在籍。さらに「昆虫の種数の多さの根本である進化現象の理論(理論進化学)」を研究するために、東京大学大学院農学生命科学研究科に進み、理論進化・生態学の研究室で研究を進めた。そして2020年、大手総合建設コンサルタント会社の八千代エンジニヤリングに入社し、現在に至る。
「最初は『(昆虫の)研究者になりたい』とも思いましたが、日本の研究業界は財政的にも人員的にも圧迫されていて、その中で残っていくのは厳しいと思いました。先輩から『30代後半まで定職につけない』という話を聞いて『自分は無理だな』と思いました。ただ生き物と完全に分離した生活も嫌だったので、今の会社を選びました。仕事で全国に行くことができますし、自然環境の調査をする一環として昆虫調査の仕事もあるので楽しいです。仕事で昆虫を採ってていいのかなって(笑)。昨年北海道で固有種の『オオルリマイマイカブリ(正式名:キタオオルリオサムシ)』を見つけた時は、興奮して一瞬仕事を忘れました」
同社では、橋やダムなど公共インフラの設計を手掛けているが、そうしたインフラを建設した場合、周囲の環境(生物、大気、水質など)にどんな影響があるのかを調査する仕事がある。その一環として昆虫調査の仕事に従事しているのだ。
「大学院で生物の個体数の変動や進化に関するシミュレーションや数理解析を研究してこともあり、それは今の仕事にも一部生きています。入社してから『意外と武器になるんだな』と感じました。今も仕事を通して、社会に還元すべく技術と知識を身に着けています」
プライベートでは、カブトムシなどの甲虫を中心に50〜60匹の虫と暮らしている。
「高校の時、一人暮らしを始めたら虫を1000匹飼いたいと思っていました(笑)。実家だとさすがに50匹程度が限界でしたので、これまで抑圧されていた昆虫飼育欲が開放されたのだと思います。ただ、大学で蛾の研究をやっていた時に500匹以上飼育して限界を感じたので、今は個体数を減らしています。クローゼットの一角を昆虫専用のスペースとして確保しています。温度調節が必要なものに関しては段ボールと断熱材と簡易的なパネルヒータ(爬虫類用)を用いて冬場でも20℃以上を保てるようにしています」
昆虫を食すことにも挑戦。「味はほぼありませんが、食感ではカブトムシの蛹の羽の部分、カブトムシ成虫の素揚げなどが好きです」。
まさに仕事でもプライベートでも”昆虫ライフ”を満喫している様子。「もし昆虫と出会ってなかったら今の自分はない」という松浦さんは、そのきっかけを作ってくれたご両親や周囲の環境に感謝しているという。
「やはり親から(昆虫好きを)否定されなかったことは大きかったと思います。あるアンケート調査による研究で『親が昆虫嫌いだと、子供も昆虫嫌いになりやすい』という調査結果がありました。うちは父も元々虫が好きで、母も極度の昆虫嫌いではなく、触ることくらいはできます。そこは恵まれていましたね。また、うちの親はしつけにも厳しくなく、あまり『勉強しろ』と言われなかったのも良かった。もし勉強を強要されていたら、後に大学院に行ってまで研究しようという自発的な方向には向かなかったかもしれません」
取材・文/水野幸則
八千代エンジニヤリングhttps://www.yachiyo-eng.co.jp/