ホーム エンタメ > 今年一番の衝撃! 一時はどうなるかと思った「わが家の出来事」【なんとかなるから大丈夫! Vol.29】

今年一番の衝撃! 一時はどうなるかと思った「わが家の出来事」【なんとかなるから大丈夫! Vol.29】

ウーマンエキサイトをご覧のみなさまピンキーです。

今年一番衝撃的だったわが家のニュースといえば、私の父の入院、そして退院です。

年内に退院できたこと、とても嬉しく思います。

父もホッとしていることでしょう。

今年の春、「父が倒れた」と母から連絡をもらったときは、どうなることかと思いました。

■母からの連絡に頭が真っ白になった
今年一番の衝撃! 一時はどうなるかと思った「わが家の出来事」【なんとかなるから大丈夫! Vol.29】
“父が冷たくなっていた”と、母が言うので、即死かと思ったんです。

あのときは頭が真っ白になりました。

今年一番の衝撃は、まさしくこのときでした。

つい数時間前に笑顔で手を振っていた父が、まさか倒れるとは思ってもみませんでした。

父は約1カ月、意識不明だったと思います。

コロナの影響で面会することもできず、父の意識が戻ったのか戻っていないのかも、よく分からない状況でした。

医師の話によると…。

母からの連絡に頭が真っ白になった
絶望的でした。

趣味ができないどころか、

「脳出血で脳の一番大事部分が出血しており、もう考えることができるかどうかも分かりません」と、医師が言ったのですから。

けれど、私たち家族は医師の言うことを信じませんでした。

その後は驚くほど前向きに考えていました
父が倒れて何日かは、まさかこんなことになるなんて…と、家族は信じられない気持ちでしたが、その後は驚くほど前向きに考えていました。

いつまでも落ち込んでいても、父の意識は戻らない。

それならば、前向きな想像をしよう、と。

そうして、私や母、祖母も少しずつ普段の生活に戻りました。

父が倒れてから約1カ月後…。
 
 

■退院後の父は驚くほど回復していった
1カ月ぶりに、まともに父に会うことができました
1カ月ぶりに、まともに父に会うことができました。

父の表情が乏しく感じましたが、意識が戻り、寝たきりの状態から、車イスに座れるようになっていました。

転院した後の父は、驚くほど回復しました。

あれよあれよという間に、栄養を送っていた鼻のチューブが抜け、自力で食事ができるようになり、歩行の練習が始まりました。

秋になり、ぼちぼちと退院の話がでるようになった頃…。

退院後の父は驚くほど回復していった
母は「どうしてこんなことになったのか」と、よく言っていました。

父が退院したあとのことなど、不安もあったと思います。

けれど、最終的には「きっと何とかなるわよ。そんな気がするわ!」と、前向きでした。

そして、父は退院しました。

自力でつえをついて歩けるようになって。

「またテニスをしたい」と父は言いました
これからも、そんな父を見守っていきたいです
訪問リハビリにて、目標があると良い、という話になり、“またできるようになりたいこと”を聞かれたとき、「またテニスをしたい」と父は言いました。

とてもやる気があり、向上心が高い父。

もしかすると、またテニスができるくらいに回復する可能性もあるのでは!? なんて、思ってしまいます。

これからも、そんな父を見守っていきたいです。
 
 
(pinky)

シェア

関連記事

あなたにおすすめの記事

P R

eltha(エルザ by オリコンニュース)

ページトップへ