ウーマンエキサイトをご覧のみなさまピンキーです。
今年一番衝撃的だったわが家のニュースといえば、私の父の入院、そして退院です。
年内に退院できたこと、とても嬉しく思います。
父もホッとしていることでしょう。
今年の春、「父が倒れた」と母から連絡をもらったときは、どうなることかと思いました。
■母からの連絡に頭が真っ白になった
“父が冷たくなっていた”と、母が言うので、即死かと思ったんです。
あのときは頭が真っ白になりました。今年一番の衝撃は、まさしくこのときでした。
つい数時間前に笑顔で手を振っていた父が、まさか倒れるとは思ってもみませんでした。
父は約1カ月、意識不明だったと思います。
コロナの影響で面会することもできず、父の意識が戻ったのか戻っていないのかも、よく分からない状況でした。
医師の話によると…。

絶望的でした。
趣味ができないどころか、
「脳出血で脳の一番大事部分が出血しており、もう考えることができるかどうかも分かりません」と、医師が言ったのですから。
けれど、私たち家族は医師の言うことを信じませんでした。

父が倒れて何日かは、まさかこんなことになるなんて…と、家族は信じられない気持ちでしたが、その後は驚くほど前向きに考えていました。
いつまでも落ち込んでいても、父の意識は戻らない。
それならば、前向きな想像をしよう、と。
そうして、私や母、祖母も少しずつ普段の生活に戻りました。
父が倒れてから約1カ月後…。
■退院後の父は驚くほど回復していった
1カ月ぶりに、まともに父に会うことができました。
父の表情が乏しく感じましたが、意識が戻り、寝たきりの状態から、車イスに座れるようになっていました。
転院した後の父は、驚くほど回復しました。あれよあれよという間に、栄養を送っていた鼻のチューブが抜け、自力で食事ができるようになり、歩行の練習が始まりました。
秋になり、ぼちぼちと退院の話がでるようになった頃…。

母は「どうしてこんなことになったのか」と、よく言っていました。
父が退院したあとのことなど、不安もあったと思います。
けれど、最終的には
「きっと何とかなるわよ。そんな気がするわ!」と、前向きでした。
そして、父は退院しました。
自力でつえをついて歩けるようになって。


訪問リハビリにて、目標があると良い、という話になり、“またできるようになりたいこと”を聞かれたとき、
「またテニスをしたい」と父は言いました。
とてもやる気があり、向上心が高い父。
もしかすると、またテニスができるくらいに回復する可能性もあるのでは!? なんて、思ってしまいます。
これからも、そんな父を見守っていきたいです。
(pinky)