バーチャルヒューマンがコンプレックスや悩みを持つことの意味 WEB3.0到来による人間と共存するための課題
2023-01-24 08:40 eltha
■感情の起伏が激しく、パンクな性格の20代女子 “MEME” 顔のあざは「リリース直前まで、かなり悩んだ」
バーチャルヒューマンが最初に世界で注目を集めたのは2016年。当時、バーチャルインフルエンサーと呼ばれていたアメリカ生まれの「ミケイラ・スーサ」だ。彼女は「プラダ」や「モンクレー」のモデルに起用されるほか、歌手としでもデビュー。一躍注目を浴びた。その数年後、日本でもバーチャルヒューマンが数体登場。タレントやモデル、インフルエンサーとして活躍し、「スキャンダルのリスクがない」ことをメリットに主にファッションやビューティー界隈でそれらの姿がたびたび見られた。
一方で2018年に登場したMEMEは、2020年にカミソリに代表される刃物を中心にさまざまな展開をする貝印株式会社の広告に起用。無造作に髪をアップし、顔にあざを持つMEMEが、両腕を上げて脇毛を見せるというポスタービジュアルは、脱毛・剃毛の多様性を問う存在としてSNSを中心に話題となった。この貝印の試みに「MEMEを器用していただけてありがたかった。これが人間のモデルであれば、どうしても“脇毛のモデル”というイメージがついてしまい、その後の仕事に影響してしまう。バーチャルヒューアンであるMEMEだからこそできる表現のひとつであった」と神林氏は語り始める。MEMEの開発を始めたのは約5年前。制作する際にこだわったのは“何とも言えない魅力”というものをバーチャルヒューマンで作り出せるかということだった。
「美というものは全てのものに潜んでいます。人間が勝手にさまざまなものに価値をつけてるだけで、僕から見ればあらゆる物が美しい。“完全に美しい”ではなく、“なんとも言えない不思議な魅力”というのもあるわけで、それをバーチャルヒューマンで作ることができるのか、というところに興味があり、MEMEが生まれました」
美しい、かわいいバーチャルヒューマンは多く存在する。しかし、MEMEはあくまで「atali」のショーケースのキャラ。企画段階から約4ヵ月かけて、見た目はもちろん、その下支えとなる思想や性格、バックグラウンドなど細かい設定シナリオを作っていったという。
アートディレクターやフォトグラファーも巻き込み、一人の価値観ではなく多角的な目線での検証も行ったという。
「MEMEをルッキズムのカウンターとして考えたことはありませんでした。人間誰しも自分を好きになりたい、でも自分を嫌いな時もある。そういう人間の矛盾や不条理な感情を持っていた方が人間らしい。人間がもっと根源的に抱えているコンプレックスみたいなもの、そういうものを表出させるものとしてあざやそばかすを記号として取り込みました。もちろん実際にあざや傷のある方を傷つけたくないので、何度もリサーチを重ねました。そうするとどういったバッググラウンドなのかを肉付けしていく必然性が生まれる。ここの部分についてはリリース直前まで、かなり悩みました」
そうした神林氏による緻密なリサーチやケーススタディによって人間味あふれたバーチャルヒューマン「MEME」が誕生した。「性格は基本的にパンク。アグレッシブで気持ちのアップダウンが激しい。年齢は20代前半。ですがあまり決めつけすぎず、その背景にはある種の余白を残しています」
しかしながら、悩みやコンプレックスは人間にとって成長や加齢とともに生じる場合が多い。それをあえてバーチャルヒューマンに持たせることは斬新であり、矛盾のようにも感じる。
「MEMEに関していうと、バーチャルヒューマンだということを自覚している設定なので、年をとらせたり、若くしたりしてもいいと考えています。CGとしては可能な作業なのですが、やはり年齢変化する必然性になる文脈が必要だと思っています。例えば、テーマとして妊娠・出産を取り上げたりストーリーに盛り込んでいくことも可能性として考えています。」
■これからのバーチャルヒューマンの役割は占い師?「人間の認知を変えていくが重要」
ここで疑問が生まれる。それでは今後、芸能界をはじめ、さまざまな業界の仕事が、バーチャルヒューマンに取って代わられてしまうのではないか、という問題だ。「伝説のグループABBAがバーチャルヒューマンでアバターとしてライブを行ったりしていますが、確かに芸能界に影響は出るかも知れない。でもモーションキャプチャーは人間がやっていますし、人間が必要なくなることはないと思っています。人間にしか、俳優にしかできない感情表現もありますし。付け加えると、AIなどで生成することもできるようになりますが、全部コントロールされた表現物が面白いのかと言われれば疑問です。プロデュースやマネタイズ面に関してもまだまだ発展途上。
ただ、テクノロジーの発展がこれまでも多くの人の仕事を奪ってきたのは事実。DTPが出てきて写植が淘汰されたり、ネットの発達で紙メディアが衰退したり。それは歴史から見ても分かるように、繰り返されることではないでしょうか」
またテクノロジーは悪用も出来る。バーチャルヒューマンにしても、著作権を無視してセクシーなダンス動画を女優の顔にすげ替えフォロワーを稼ぐアカウントの出現などの例がある。「つまりテクノロジーに必要なのは人間の知性。また問題が起こった時に技術を規制するのではなく、ベターな落とし所を定義する法律、社会」と課題を上げる。今後、初音ミクのように、リアルでは中身の人は実は変わっているが、1つの偶像としてビジネスを続けられるパターンも出てくるのではないかと神林氏は予言する。バーチャルヒューマンによって新たに生まれるビジネスも社会貢献もあれば、犯罪も生まれるだろう。
「良くも悪くも使えてしまうという話は、今後社会実装していく上で出てくる問題だと思います。だからこそ今、僕はバーチャルヒューマンをいい方向で使っていきたい。たとえば、日本ってカジュアルな占いの消費がすごく多い。コロナ禍に入ってからは、電話占いが流行っているというのを耳にします。電話占いって、電話をかける人、相談する人が9割喋っているらしいです。自分の話を聞いてほしい、つまりカウンセリングなんです。日本にはカウンセリング文化がないために、それを占いが担っているのですが、占いの先生を監修にしてある程度メソッドが確立したら、バーチャルヒューマンが占いをすることは可能なんじゃないかと考えています。大事なのは人間の認知をバーチャルヒューマンによって良い方向に書き換えていくこと。困っている人や悩んでいる人の背中を押してくれるような役割をバーチャルヒューマンが担う日が来るかもしれない」
テクノロジーというものは良くも悪くもなく進化していく。バーチャルヒューマンの登場によって今、我々は、明るい未来のために新たな選択肢となるのか。SF小説や映画の世界が現実になる日は着実に近づいてきている。
(取材・文/衣輪晋一)