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伝説の悪役レスラー・ブル中野、自殺すら考えた引退時から“美魔女”になるまで「人生に後悔なし」

 女子プロレス界が活況を呈していた80年代から90年代にかけて、最強(凶)のレスラーとして君臨していたブル中野。青く逆立てた髪で、ヒールながら大きな人気を博した。そんなブル中野も、現在51歳。今では“美魔女”と呼ばれるほど、その容貌は様変わりした。見た目を顧みなかった現役時代、引退後の過酷なダイエットと胃の手術、そして赤裸々に明かすアンチエイジングの理由とは?

悪役レスラーとして活躍、引退後は燃え尽き「自殺も考えていた」

 全日本女子プロレスの悪役レスラーとして名を馳せたブル中野。ダンプ松本に誘われて“極悪同盟”に加入したのち、自身で“獄門党”を結成。青く逆立てた髪をトレードマークに、数々の激しい闘いを制してきた。その活躍は国内のみならず、アメリカでも認められるほど。1997年に引退し、プロレスとは違う道を歩むが、現在でも多くのファンを抱える伝説のレスラーだ。
――今では美魔女とも言われるブルさんですが、現役時代は最強(凶)の女子プロレスラーとして世界で大活躍された方。今、あらためて現役時代振り返ると?
ブル中野 16歳で悪役になることを命じられ、最初は親にも友だちにも言えませんでした。エンタテイメントとして見てもらえる時代でもなかったので、悪役=本当に悪い人だと思われて、もう「人生終わりだ」と思った。ただ、会社から決められた人事に逆らうことはできないですし、従うしかないな、と。

――華々しいアイドルレスラーもいる中、16歳の女の子にとってはあまりにも酷な宣告ですね。
ブル中野 でも、17歳のときにダンプ松本さんに髪を剃られて「私はここで生きていくしかないんだ、悪役で絶対トップになってやろう」と覚悟を決めました。そのとき初めてプロレスラーになれたというか、自分次第で捉え方も変わってくるんだと、どんどんプラス思考になっていきましたね。いち早く試練をくださったダンプさんには、感謝しかないです。

――そんな厳しい状況では、美容とは縁遠かったでしょうね。
ブル中野 現役中は美容とまったく関係ない生き方でした。毎回、マジックで顔に悪役メイクを書いていたので、肌が荒れている状態が普通(笑)。そんなだから、基礎化粧をやりだしたのも30代になってから。「あっ、女の人って化粧水つけてから乳液をつけるんだ!」って、そのとき初めて知りました(笑)。でも、その当時も「いつかプロレスを引退して痩せたら、これを着たい」という洋服をたくさん買っていたんですよ。ただ、その頃は体重100キロだし、流行もあるから後で着られるわけでもなく。全部、妹にあげてたんですけどね(笑)。

――そして、人気も実力もピークのときに膝を壊し、30歳で約15年のレスラー人生に幕。燃え尽き症候群みたいなものはなかったですか?
ブル中野 それはありました。妹と母と父がいなかったら、自殺も考えていたと思います。プロレスができない自分は、生きている価値はないと思っていたので。

65キロの減量、“普通の女性”と見られるも「バカにされているのかと」

――その後のセカンドキャリアは、どんな思いで歩んできたのでしょうか?
ブル中野 膝や腰を痛めていましたし、体重のせいで階段をまともに上れない状態だった。そんなときにゴルフと出会い、単身渡米して。まずは研修生としてゴルフが普通にできる体にしなくちゃいけないと、ダイエットをはじめ、115キロから50キロまで減量しました。

――過酷なダイエットですね。
ブル中野 ダイエットはプロゴルファーになるという大きな目的を果たすための、あくまでも通過点の一つとして捉えていたので、達成することができたと思います。でも、痩せたことで“普通の女性”に見られるようになって、「荷物を持ってあげようか?」なんて声をかけられたり。「私はそんなこと言われるようなヤワな女じゃないのに!」と、最初は受け入れられなくて、バカにされているのかと思ったこともありました(笑)。

――現役時代との落差が…。
ブル中野 人を寄せ付けない悪役、別人格に成り切ってきましたから(笑)。一般の方とお話しする機会もほとんどなく、自分自身そのギャップに戸惑いがあったんです。

ゴルファーの夢叶わず帰国、結婚後は「支えてもらいながらここまでこれた」

――プロゴルファーの夢は叶いませんでしたが、帰国後には結婚。女性として新たなスタートを切りました。
ブル中野 結婚を機に何か新しいことを始めたくて、もともとお酒も好きだったこともあり、『中野のぶるちゃん』というお店を開いたんです。でも、お客さんが持つブル中野のイメージを崩したらいけないんじゃないかって、最初はまったくしゃべれなかった。なので、お店にいるときは毎回リングに立ったつもりで、どうしたら楽しんでいただけるか考えながら接客していました。

――舞台を変えながらも、常に新たなことに挑戦されてきましたが、恐怖やためらいは?
ブル中野 ないですね。もちろん最初は怖い部分もありますけど、全日本女子プロレスでの15年間を思えば、この先の人生であれよりつらいことや厳しいことはないだろうと思いますし、何でもできるんじゃないかと思えるんですよね(笑)。

――結婚されてからは、旦那さんの支えも大きかった?
ブル中野 そうですね。旦那を含め、周りを巻き込みながら(笑)、支えてもらいながらここまでこれたと思います。今年の3月に8年間続けてきたお店をやめたのですが、また何か次にやるんじゃないかと、みんなビクビクしています(笑)。

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