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責められるのは“母親”だけなのか? 『こうのとりのゆりかご』を通して見えてきた子を預ける家庭の現実

2022-07-15 eltha

「出自を知る権利より、虐待、殺害、遺棄事件が減る方を、つまり“命”をより重く考えている」

慈恵病院院長・蓮田健医師

慈恵病院院長・蓮田健医師

 母親がキーパーソンとはどういうことか。慈恵病院を尋ねる女性たちはみな孤立しているが、実家の母親がしっかりしている場合、『ゆりかご』に預けても、後に方針を変え「自分で育てる」パターンがあるとのこと。極限まで追い詰められても、自ら引き取る。その場合、その日中、遅くとも1週間以内に連絡が来るそうだ。

 ちなみに『ゆりかご』の運営についてだが、赤ちゃんが預けられるとまずアラームが鳴る。監視カメラや暖房、赤外線で温かくする装置があり、預けられて1分以内に看護師たちが集まる。預け入れがあった時点で児童相談所の管轄になり、1時間以内に児相と警察が来て事件性を確認。その後の処遇は熊本市役所が半年に1回主催する第三者検証委員会で検証される。また相談業務もあり、昨年度は4000件ほどの相談をフリーダイヤルで受け付ける。

 『ゆりかご』の前で赤ちゃんと離れられずに泣いて立ち尽くしている場合は、慈恵病院の管轄になる。そこから特別養子縁組へ。こうした完全な体勢は世界でも唯一であり年間2000万の予算がかかる。ゆえにハードルが上がり、全国に広まらず、慈恵病院のみという皮肉な結果も招いている。北海道で同様のことをしようとした事例があり、行政から指導を受けた報道も記憶に新しいところだ。

 だが、すでに亡くなった赤ちゃんが預け入れられる場合も。「なぜ、そんな酷いことをするのか」とさすがの蓮田健医師も憤るが、先述の精神科のボーダーラインの件もあり、複雑だ。

 「批判も批判の言葉のお気持ちも分かります。また赤ちゃんが自身の出自を知る権利についても承知しております。ですが、私たちの立場では、その出自を知る権利より、匿名でも赤ちゃんを預け入れることにより、虐待、殺害、遺棄事件が減る方を、つまり“命”をより重く考えている立場です」

 赤ちゃんは親が育てる、赤ちゃんにも自身の出自を知る権利がある。しかし、その“当たり前”は子どもを産む母親や彼女たちが置かれた家庭環境の前では揺らぐ。『ゆりかご』の15年の取り組みは「育児放棄を助長する」と片付けるには複雑な問題が絡んでいる。子どもの虐待、殺害、遺棄事件が絶えない今、地方の一つの病院の奮闘を社会全体で考えるフェーズにきているのではないだろうか。
(取材・文/衣輪晋一)

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