ホスピスで過ごす高齢者にメイクを施すmiyabiさん
2018年に開校した「介護美容研究所」では、介護と美容それぞれの現場で必要となる知識や技術を研究・開発し、寝たきりの方へのヘアカット術や、老齢の皮膚に適したメイク、福祉ネイル、ハンド&フットケアなど、高齢者向けの介護美容スキルをトータルで学習できるカリキュラムを提供している。
「現代の高齢者は高度経済成長期を過ごし、生活の中でオシャレを楽しんできた世代です。しかしこれまでの介護現場では通常業務の多さから、美容の提供まで手が回りませんでした。そのため日常動作が困難になった高齢者はオシャレを諦めざるを得なかった。しかし美容には人生に喜びや活力を与える無限の可能性があります。本人ができないのであれば、サポート体制があればいい。介護美容にはそれだけの価値があると私たちは考えています」(介護美容研究所 広報・山本恭平さん) キレイでいたいという気持ちが生きがいを呼び覚まし、精神的な充足を与えてくれることは容易に想像できる。では実際のところ、介護美容にはどれほどの効果があるのか。miyabiさんは
「杖がないと歩けない状態だったのに、メイクを重ねていくうちに杖から“卒業”された利用者さまがいました」と自身の体験を証言する。
「今のところ、現場の経験則でしかお話できませんが、美容が脳を活性させ、ひいては身体の自立や健康にもいい影響を与えている印象です。もちろん、個人差はありますが、今後はさらに実証的なデータやエビデンスを積み上げ、介護美容の社会的認知を広げていきたいですね」(山本さん) TikTokには介護美容の現場を紹介した動画が多数アップされている。介護と美容という意外なキーワードの組み合わせに興味を持つ人は多く、フォロワーからDMが届くことも多いという。
「最近は中高生から『私もおばあちゃんをメイクで笑顔にしたい』というメッセージをいただくことが増えました。より踏み込んで『ケアビューティストになりたい』とDMをいただくこともあります」(SNS担当・嶋内さん)
そうした若者のほかにも、介護美容研究所には「美容のスキルを身につけて、より心に寄り添ったケアをしたい」という介護ワーカーや、「家事や育児と美容職を両立させたい」という“休眠美容師”も数多く通う。
「とは言え、まだまだ介護美容やケアビューティストを知らない方がほとんどです。高齢者の方がどんなふうにステキに変身したかをじっくり追うドキュメンタリーや、高齢者のファッションショーなど、さらに魅力を伝えられる動画企画に挑戦したいですね」(嶋内さん) 同スクールを運営するミライプロジェクトでは卒業生の活躍の場と「介護美容」の普及を目的に、個人や施設に向けた訪問美容サービス「care sweet」を提供。2019〜2021年の3年間で利用者は27倍、利用施設は42倍と急伸している。美容が介護の現場にもたらすインパクトが社会的に広がることで、今後はさらに需要が拡大しそうだ。
(取材・文/児玉澄子)