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世界初の“揚げない天ぷら”が異例のヒット 食用油の老舗メーカーの気概「家庭で作る天ぷら文化の火を消さない」

2024-05-21 eltha

昭和産業『もう揚げない!!焼き天ぷらの素』

昭和産業『もう揚げない!!焼き天ぷらの素』

 健康志向や生活環境の変化から食生活への価値観が変わる中、少量の油で手軽に家庭でも天ぷらが作れる『もう揚げない!!焼き天ぷらの素』が、発売から1年半で累計150万個を突破するヒットを記録。製造元の昭和産業は、天ぷら粉を世界で初めて発売し、家庭用から業務用まで生産する、いわば天ぷら粉のパイオニア。ここ30年ほど家庭向け市場の縮小が続く中、家庭料理への天ぷらの復権を掲げ、“揚げずに焼く”天ぷらの素を開発した同社に話を聞いた。

時代の変化で家庭調理しなくなった天ぷら 30年ほど縮小続く市場に登場した世界初の“焼き”天ぷら粉

 多くの日本人に好まれる日本食の代表であり、海外からの観光客にも大人気の天ぷらだが、ちょっと贅沢な手間のかかる料理という印象もあるだろう。昭和の頃は縁に網のついた天ぷら鍋を使って、天ぷらを揚げる家庭も多かった。しかし、核家族化が進み、生活スタイルが変わっていくと、家庭で天ぷらを揚げるのは「調理後の油の処理が面倒」「少量だけ作るのが大変」「1人分や2人分だと自分で作るのは逆に不経済」といった認識が一般的になる。

 同時に、オートフライヤーなど高機能厨房機器の普及により、専門店以外の外食店でもメニューに天ぷらが並び、スーパーなどの惣菜でも手頃な価格の天ぷらが増えていくと、天ぷらは家庭料理ではなく、外食や惣菜で食べる料理になっていった。

 そんな状況に危機感を抱くのが、1959年に世界で初めて天ぷら粉を発売した、天ぷら粉のパイオニアとも言うべき昭和産業。ここ30年ほど家庭向け天ぷら粉の市場縮小が続く中、天ぷらの家庭料理への復権を掲げて開発したのが、大さじ3杯の油で天ぷらを揚げずに焼いて調理する『もう揚げない!!焼き天ぷらの素』だ。その開発の背景を、昭和産業・商品開発の水島徳大さんはこう語る。

「天ぷらは多くの人が好きな料理にも関わらず、家庭で作る人が増えないメニューのひとつです。理由として挙げられるのが、油の処理や片付けに手間がかかること。その不満点を解消することで、家庭で天ぷらを作っていただく機会を増やしたいという思いから開発がスタートしました」(水島さん)

 そこで考えたのが、油の量を極力減らし、片付けの負担を軽くする調理法。結果、たどり着いたのが世界初の“焼く”天ぷら粉だ。当時、揚げる代わりに焼く天ぷら粉は市場に存在しない。斬新なアイデアではあったが、開発はゼロからの奮闘になり、約1年の開発期間をかけてようやく完成させた。

「ここ最近では、フライパンに深さ1〜2センチの油を入れて揚げる調理法も主流になっていますが、それでもけっこうな量の油を使います。我々が目指したのは、調理後にキッチンペーパーで拭き取れるレベルの油しか使用せず、天ぷらを作ること。小麦粉、澱粉、ベーキングパウダーの種類や配合割合を変える試験を繰り返し、最終的に大さじ3杯の油で、一般的な天ぷら粉と比べて遜色がない仕上がりを実現する『焼き天ぷらの素』を開発しました」(水島さん)

食用油を売る会社が“揚げずに焼く”? 社内からの不安の声も「家庭で作る天ぷら文化を継承していきたい」

 持続可能な世界を目指す社会的コンセンサスが一般的になり、環境に優しい商品が注目される時代背景を追い風に、『焼き天ぷらの素』は2022年9月の発売から、想定以上の売上を記録するヒット商品となった。

 同社マーケティング担当の井村まみさんは「発売から1年半で累計販売150万個を突破しました。現在も好調に推移し、当初の計画の2倍以上の売上が続いています」と語る。実際に使用して調理をした人からの「油がほとんどいらないから調理が楽」「手間がぜんぜんかからなかった」といったSNSの発信がバズり、口コミが爆発的に広がったことで、トライアル的に調理してみようという人がいまも増え続けているようだ。

 水島さんは「油を販売する会社なのに、それをたくさん使わない商品を開発することに対する不安もありましたが、当時の社長からはお客様の目線に立ち、新しいことに挑戦してほしいという言葉をいただき、自信をもって開発を進めることができました」と振り返る。

 そこには時代の流れに対する経営判断がある。しかし、それは片方を切り捨てることでも、両者が競合の食い合いになるわけでもない。新商品は天ぷらの文化を守っていく上で必要な別軸になり、それぞれのターゲットが異なることで双方が互いにプラスに作用することを想定している。

 同社マーケティング担当の中西隆将さんは、スーパーの惣菜のレベルが上がり、手作りしなくても買えばおいしい天ぷらを食べられる時代だからこそ、「家庭で作る天ぷら文化を継承していきたい」と天ぷら粉のパイオニア企業としてのこだわりを語る。

「昔は家庭で天ぷらを揚げていましたが、いまではそうした人が減っています。天ぷらを揚げたことがない人が増えている中、若い世代を中心に天ぷらをもっと身近に楽しんでほしい。そのための間口を広げる意味合いの新商品になります。天ぷらファンが増えていき、市場全体が活性化することを願っています」(中西さん)

『焼き天ぷらの素』は想定の2倍売上 従来の天ぷら粉は急伸する海外売上が過去最高を記録

 同社によると、家庭用小麦粉の売上はこの30年で大幅に減少しており、天ぷら粉も同様になるようだ。それに代わる新たな市場の創出と拡大が急務になるなか、天ぷらという料理を軸にして、ライトユーザー(天ぷら料理初心者)向けに開発したのが『焼き天ぷらの素』であり、売上は急速に伸長している。

 焼き天ぷらの長所は、余分な油を使わないこと。常に少量の新しい油を使うため、使いまわしで劣化や酸化した油による重い感じがない。また、惣菜の天ぷらがおいしくなっているとはいえ、時間が経てばベタついたり、揚げたてのサクサク感はなくなる。揚げなくともサクサクとした歯ごたえを感じられるように工夫された『焼き天ぷらの素』は、「時間経っても結構サクサク」と家庭で作りたての天ぷらを食べる楽しみが広がりつつある。

 想定の2倍以上の売上を伸ばしているが、従来の天ぷら粉や食用油の売上が減少する影響は表れていないという。『焼き天ぷらの素』は入口的な役割であり、天ぷら初心者の裾野を広げている功績もあるようだ。

「料理初心者が、焼き天ぷらで天ぷら調理に慣れて、少しずつステップアップしてほしいという思いがあります。キャンプ場や家族団らんの場でホットプレートで焼くなど、大勢で天ぷら調理を楽しんでいただきたい。従来の天ぷら粉では作れなかったシチュエーションや食材の活用を訴求していきたいです」(中西氏)

 一方、2014年より発売の海外向け(揚げる)天ぷら粉は、2016年から販売が大きく伸びている。インバウンド観光需要の高まりで、天ぷらの人気や知名度が世界的にも高まる中、2014年度と直近の2023年度の比較では、販売額2倍以上。

 その背景には、経済水準の向上で外国料理へのニーズが高まる東南アジアや中東地域にも輸出が広がったことがある。海外営業部が発足した2023年度は、過去最高の売上を記録している。天ぷら粉の国内売上の減少傾向が続くのとは対照的に、海外売上は急激に伸びている。海外市場はまだ開拓を進めている最中であり、この先のポテンシャルは大きい。

 そんな同社の2023年度体験型内定式では、天ぷら研修が行われ、パイオニアでもあるが、天ぷら粉とはどのような位置づけになるのだろうか。

 井村さんは「我々には、室町時代からの日本の天ぷら文化を受け継いで、次の世代に渡していく使命があります」と力強く答える。そして中西さんも「昭和産業にとって天ぷら粉はなくしてはいけない大事な部分で、主軸というか魂。そういう商品として、今後も文化と一体となって残していくべき存在です」と語る。

 『焼き天ぷらの素』の技術は、天ぷらだけでなく他の料理にも応用が効きそうだ。昨今の健康志向と環境意識の高まりの中、さまざまな関連商品への活用が進んでいくことに期待される。

(文/武井保之)
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